幻想のマゾヒズム
未完の素描画ながら、「支配する側」と「される側」の行為のディテールがくっきりと浮かび上がる。見る者のイマジネーションをこれほどかきたてるラフ・スケッチには滅多にお目にかかれない。確かな技術と、比類なき才能の合わせワザであろうか。
装飾的なものがほとんど排除されているので、きらびやかなイメージでは得られないインパクトを余計に強く感じる。完成作品を見る必要がないくらい「完成」された未完の大作と言える。
和風ミストレスの元祖
1954年(昭和29年)の「奇譚クラブ」7月号に、春日ルミというモデルがグラビアを飾った。日本のメディアに初めて登場した女王様キャラクターとしては一般的にこの人が知られている。(「奇譚クラブ」にはそれ以前、森山美歌という伝説的な女王様も登場していた)
それまでも海外SM小説の挿し絵や、須磨利之の手によるイラストなどで女王様的イメージはかろうじて描かれてはいたが、日本人女性によるビジュアルな女王様像というのはこれが初めてだった。
今からみると、下着姿で棒のようなものを持って立っているだけの、どうってことのない図。だが「奇譚クラブ」の読者にとってはこれだけでもう充分。すぐ次
のページには、黒タイツ姿で首輪を付けた男性を足蹴に、そして男が縄で縛られその上に座っている彼女の写真が続く。典型的な大和撫子風の顔立ちの中に
(ちょっとケバいような気もしますが)明らかにみてとれるサディスティックな表情は、それまでフラストレーションのたまっていた「奇譚クラブ」のM派読者
たちにとって垂涎の的となった。待ち焦がれていた初の和風のミストレスの降臨は大きなインパクトをもって当時の日本に受け入れられ、全国に熱狂的な彼女の
ファンを生み出すと同時に、マイナーではあったが男性マゾヒズムというものにもメディアの光が差し込むようになっていく。
春日ルミはその後もしばしばグラビアや手記のかたちで登場し、日本家屋 を舞台に当時の現実味ある(少し貧乏臭い)背景の中で女王様を演じた。手記を読むと、彼女は実際にサディスティックな性格らしく、当時の日本人女性として はありえない「変態女」をカミングアウトした画期的な女性としても評価されるべきかもしれない。演じていたのではく、地でいっていたのだ。
いずれにしても、春日ルミの登場により、それまでの日本ではっきりとはしていなかったリアルな女王様像が明確に浮き彫りになったという功績はかりしれない。